◆あらすじ
ここではないどこかの先、”私”は寸止め状態で機械に犯され続ける少女『アリス』と出会います。彼女の役割は、依頼者である『ご主人様』を怪異から救うこと。そしてその報酬として、彼女はご主人様から公開機械姦連続絶頂を与えられるのです。クリトリスブラシで、極太バイブで、乳首キャップで――。
※この作品は、Skebで頂いた有償リクエストの作品です。

いつか、誰かが言った言葉がある。
――困ったことがあったら、《うさぎ穴》を探してごらん。
――――
――
「誰が言ったんだっけなあ……」
私は1人、そんなことを口に出してみる。だけど、どれだけ頭の中を思考のスプーンでかき混ぜてみても、さっぱり思い出せない。
「最近、ちょっと物忘れが激しくなったかな。いやいやいや、そんな年じゃないから!」
自虐、そして一人ツッコミ。そうでもしていないと、やってられなかった。
辺りを見回すと、そこは私の知らない場所。いや、『知らない』というのも少し違う。
学校帰りの通りに、1本だけ増えた道。最寄りの駅前に鎮座する、見覚えのない電話ボックス。見慣れた商店街にある、パンを売る電気屋さん。いつまでも黄色の信号機。 『こんなのあったっけ?』が、私の中で一つずつ積み上げられていく。
「むぅ。いよいよもって、自分の記憶力が疑わしくなってきた……」
そうした『何か違う』を一つずつ追っていくと、いつの間にか、私の周りには人一人いなくなっていた。
漫画か何かで読んだことがある。人の来なくなった団地の集会所、閉店した店のバックヤード、終電後の駅構内にある、清掃用具室だったはずの場所――そういったところは、ここではないどこかへの入り口になっているとか。
「いや、もう『ここではない』っていうかさあ。ここってどっち? あっち? こっち?」
そもそも、私はどうしてこんな訳の分からない道を進んでいるんだろう? 自問自答しても、『何となく』以上の答えなんて出てこない。
もう帰ろうかな――そう考えた瞬間のことだった。
「……うさぎ?」
道の先を、白いものが横切った。
ふわふわの毛、長い耳、丸いお尻――間違いない。うさぎは道の真ん中で立ち止まって、私のほうを振り返った。
「あらあら、かわいいね~……いやいやいやいや」
なぜに、こんな町中にうさぎが? 誰かのペット? もしかして最近は野良うさぎなんてものまでいる? それとも動物園から逃げ出した? あるいは幻覚?
そんなことを考えているうちに、白いうさぎはこちらをしばし見た後、ぴょんと路地の奥へと消えてしまう。
「あ、ちょっと待って」
どうして私は、うさぎを追ってしまったんだろう? うさぎなんて、そりゃこんな町中で珍しいけどさ、わざわざ追って得するものでもないはずだ。
そんな考えをよそに、脚が動く、動く、動く。うさぎが何度も何度も道を曲がる。追う、追う、追う。
頭の中で、言葉が反響する。
――困ったことがあったら、《うさぎ穴》を探してごらん。
――困ったことがあったら、《うさぎ穴》を探してごらん。
――困ったことがあったら、《うさぎ穴》を探してごらん。
いつしか、私の目の前には小さなボロ小屋があった。石造りの壁はところどころが崩れ、蔦が好き勝手に這い回っている。屋根は私の背丈二つ分。真ん中には、洞への入り口のような、暗い暗い穴。
おとぎ話の挿絵にでもありそうな建物だ。ただし、それはまるで、ずいぶん長いこと誰にも読まれず、雨ざらしにされていた絵本のような……。
私は一瞬だけ、後ろを振り返る。もう、ここがどこだか分からない。だから、私の脚は勝手に、その建物の中へと進み出した。
「うっわ、暗ぁ。お、おじゃましまーす……」
その小さな建物は物置のようだった。
脚の折れた椅子、動かない懐中時計、欠けたティーポット。使いようのない道具が棚に、床に、無造作に散乱している。
「おーい、うさぎちゃんやーい」
返事なんてあるはずもない。足元で何度も、使うつもりがあるのかも分からない道具を蹴飛ばしながら、奥へと進んでいく。
「もうどっかに逃げちゃったかなぁ……うわあ!?」
そう言いながら、積み上げられた木箱の向こうへ顔を出した瞬間、私はぎょっとした。
物置の1番奥に鎮座していたのは、ひどく古びた鉄の檻。太い鉄の棒を無理やり組み上げた無骨な立方体は、ところどころが赤茶色に錆びている。大きさは一畳もない。せいぜい、大型犬を入れるケージぐらいか。
そんな錆びた檻の中に、女の子が押し込まれていたのだ。
「ちょ、ちょっと……大丈夫!?」
まず目を引くのが、暗い穴ぐらの中でも分かる、真っ白なきれいな髪。小柄な身長よりも長い髪が、ほんのわずかな光すら捉えて静かにきらめく。
だけど、髪の隙間からのぞくその裸体を見た瞬間に、私の喉がひゅっと鳴った。黒い金属の手足、うさぎのような長い耳、尻尾のように伸びる、2本の長いケーブル――どこをどう見ても、人間じゃない。
そして1番、私の背筋を凍らせたのは。
『ふぐ、ぉ゛――♡ ぉぉ、ぉ゛ぉぉ……っ♡』
そんな、まるでサイボーグか何かのような少女が、機械に犯され続けていることだった。
小さな胸の先とクリトリスにくっ付いた半透明のキャップが、小さな突起を搾り上げる。アソコとお尻の穴に突っ込まれた大きな大きなバイブから、ぶるぶるという振動音が聞こえる。
両肘と両膝を目いっぱい曲げて、腕の上と下、脚の上と下を折りたたまれた姿勢。目には金属の目隠し、口には金属の枷。喉奥にまで何かを突っ込まれているのか、くぐもったうめき声を上げ続ける。
……どうしてだろう。『ひどい』とか、『こんなことした人を赦せない』とかよりも、胸の中では鳥肌立つような熱が先立った。
「……あっ、だ、大丈夫!? ねえ、あなたのことだよ、聞こえる!?」
だけど、遅れてやってきた理性が、精いっぱいの言葉を絞り出した。私は慌てて女の子に駆け寄るけれど、檻の中からの返事はない。
檻の扉には大きな大きな南京錠。こんなの、腕力でどうにかなる気はしない。ペンチとか、ハンマーとか、何か道具があれば開けられる? ――そう思って、暗い辺りを見渡したときのことだった。
〈ワタシヲニギッテ〉
「何、これ、鎖……?」
檻の中から、一本の鎖が伸びている。その鎖はまるで犬のリードのように、女の子の首から伸びていて。その先端に、小さな札が付いているんだ。
黒いうさぎの絵。丸っこい文字。
〈ワタシヲニギッテ〉
ワタシヲニギッテ――『私を握って』?
その呪文のような言葉を解読したとき――怪しいんじゃないの?とか、警察に通報したほうがいいんじゃないの?とか、考えることはいろいろあったのに――私はほとんど反射的に、その鎖を握ってしまったのだった。
《――その鎖を、離さないでください》
「ひょえっ!?」
鎖を握った右腕から声がゾゾゾと上ってくるような、不思議な感覚だった。
私は思わず鎖をぶん投げる。檻の中の女の子が、鎖の重みで首を引っ張られてうめく。
私は『あ、ごめん!』と叫びながら、恐る恐る、床に放り投げられた鎖を、人差し指でつんと触った。
《その鎖を、離さないでください》
「あ、ご、ごめんなさい……」
私は改めて、鎖を握った。
《アリスの名前は、アリスと言います》
「アリス?」
ふと、彼女の首元を見やる。黒い首輪には、銀色の文字で『A.L.I.S』と刻印されていた。ALIS、アリス……あれ、英語のアリスってどんな綴りだったっけ……? そもそも、この声はどこから聞こえてくる? まるでこの鎖から声が伝わってくるようだけれど、いやいや、骨伝導イヤホンにしたって、そんなこと。
意識が目の前の女の子――アリスから逸れていると、また鎖を握った右腕から、声が響いてきた。その言葉は、どう考えても、口を塞がれている彼女がしゃべっているらしい。静かで、だけどどこかあどけない声だ。
《どのようなご依頼ですか?》
「……イライ?」
私は首をかしげた。いらい、以来、依頼――イントネーションとか、文脈とか、そういうのを考えれば、彼女の言ったことは『依頼』だ。だけど、彼女に頼むことなんて思いつかない。そもそも、頼み事なんてするつもりでここに来たわけではない。
頭の中で、言葉が反響する。
――困ったことがあったら、《うさぎ穴》を探してごらん。
私が首をひねっていると、またアリスの声が聞こえてきた。
《ここに来たということは、何か困っていることがあるはずです》
「そんなこと言われてもねえ……。あ、それより!」
そんな心当たりのない困りごとなんかよりも、今の私にはよっぽど気になることがある。私は鎖を握ったまま、改めて目の前の檻を見た。
「あなた、こんな所に閉じ込められて大丈夫なの!?」
《はい、大丈夫です》
「いや、大丈夫って言われてもさあ」
こんな狭い檻の中に閉じ込められて、体を機械で、その、そういうことをされて、大丈夫なはずがない。鎖から通して聞こえるアリスの声は静かだけれども、塞がれた口からは相変わらずくぐもったうめき声がこぼれ続けている。誰がどう見たって異常事態だ。
だけど、鎖が少しの間しんとしたあと、少しゆっくりとした声が響いてきた。
《ご依頼をいただければ、アリスはその間だけここから出ることができます》
「依頼を、すれば……?」
《はい》
私はもう一度、檻を見る。
因果関係が分からなかった。つまり、私がアリスに何かを依頼する。すると、アリスはここから出られる。……なぜ? いやもっとこう、鍵を探すとか、無理やりこじ開けるとか、警察に通報して助けてもらうとか、まっとうな手段があるはずじゃないか。
……それなのに、アリスの言葉は不思議と、私の胸の奥に染み込んでいった。
「……じゃあ、依頼する」
《何にお困りでしょうか》
「分からない。後から探す。見つけたら、あなたにお願いする。そんなでも、ここから出られる?」
私のそれはきっと、人並みの良心とか、正義感とか、そういうものだ。少しの間を置いて、鎖から声が伝わってきた。
《承知しました、ご主人様》
その声は少しだけ、うれしそうに聞こえたのだった。
「……で、どうすればいいの?」
《ご主人様はもう、アリスをここから出す術を持っているはずです》
アリスがそう答えた瞬間、私はふとポケットの中に手を伸ばし*どうして?*。手のひらが掴んだのは、さび付いた鍵。私は体を屈めて、檻に付いた大きな南京錠に鍵を差し込ん*私は一体いつから、こんな鍵を持っていたんだろう?*
《ありがとうございます、ご主人様》
「その、ご主人様っていうのやめない?」
《ご主人様は、ご主人様ですので》
「そっか……」
何も納得できない。まあ、それよりも、だ。
「ねえ、さっき私に『困っていることがあるはず』って言ったけど、どういうこと? そりゃ、困ってることはたくさんあるよ? もうそろそろテストあるし、お小遣いも足りないし、あー、あのゲームのボス倒せなくて詰んじゃってるなー」
私は思いつく限りの『困っていること』を並べる。だけど、アリスの声はすんとしていた。
《アリスが請け負うのは、そういったものではありません》
「じゃあ何するってのさ」
ちょっとだけ、がっかりした気分。そんな私の心境とは裏腹に、アリスの声は静かなのに、どこか嫌に、首筋に響くものだった。
《むこうのもの》
「むこうの……何て?」
《ご主人様の身の回りに、こういったことがありませんでしたか? ある日突然、誰からも恨みを抱いていないはずの人が、全身をズタズタに引き裂かれて殺された。あるいは、行方不明になった一月後、右目だけが見つかった。あるいは、突然死した後なぜか、胃と心臓が見当たらなかった。あるいは……》
「ちょ、ちょっとやめてよぉ!? いきなり怖いこと言うじゃんんん!?」
《本来あり得ない事象、こことは異なる場所からの干渉。そういったむこうのものによる事件を解決するのが、アリスの役目です》
「ふーん。何さ、あなたが戦うっての?」
《アリスは戦えません。できるのはただ、その入り口をそっと閉じることだけ》
私はため息を付いた。ばからしい、突然何を言い出すかと思えば、ファンタジーか、ホラーか。
だけど、私は手足を拘束されたまま、よたよたと床を這うアリスを見てぎょっとする。
「ちょ、ちょっと! まさか、そのままの格好で行くつもり!?」
《大丈夫です。動くことはできます》
「できるって言ってもさあ……!」
そこで、私はこれ以上言うのをやめる。
アリスは、両肘と両膝を目いっぱい曲げて、腕の上と下、脚の上と下を折りたたまれた姿勢。これじゃあ、立つことはおろか、手足を床に付けることもできない。肘と膝で歩くその姿は、まるで四足歩行の犬だ。怪しい場所、機械の体の女の子、それが機械に犯され続けているという……。ファンタジーやホラーを否定するなら、このアリスという子は一体何なのだろう?
私は、『せめて、そのえっちな機械を外したほうがいいんじゃないか』と思った。だけど、しゃがみ込んで見てみると、どの機械も、拘束具も、止めることもできなければ、外せる気配がちっともない。停止ボタンがどこにも見当たらないどころか、どの機械も、最初からアリスという女の子と一体化しているような――。
《行きましょう、ご主人様》
「え、あ、うん。その、肘と膝、痛くない? 私がアリスのことおんぶしたほうがいい?」
《いいえ、必要ありません》
「そ、そう……」
私は、床を這うアリスの速度に合わせて、ゆっくりと歩き出した。
だけど、私はもっと、物事を慎重に考えたほうが良かったのかもしれない。例えば、よく分からない道を進んでよかったのか?とか。例えば、見ず知らずの女の子の言うことを真に受けてよかったのか?とか。
……例えば、そう、全身を拘束された状態で犯され続けて、なおも肘と膝で四足歩行する女の子を、そのまま外に出してよかったのか?とか――。
――――
――
穴を出ると、そこは日常だった。
駅前の大通り。道の数は記憶どおり、最寄りの駅前に電話ボックスなんてない。パンを売る電気屋さんも存在しないし、信号はちゃんと青にも赤にも変わる。
私がほっとした一瞬後、ざわりという声が響いた。
「ぁえ? ……はッ!?」
全裸のまま、両手足を折りたたまれて肘と膝で四足歩行するアリス。乳首やクリトリス、膣、お尻には、彼女から愛液を搾り取るための機械。彼女は現在進行形で、『ぉ゛ぉぉ♡』とか『ぅ゛ぅぅ♡』とか、くぐもった喘ぎ声を上げ続けている。
そして衆目の中、そんなアリスの細い首から伸びる鎖を、私がバッチリつかんでいて……。
「――に゛ゃぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!!?」
それは、いろいろな感情が一気に爆発した叫び声だった。頭に血が上る感覚と、血の気がさっと引く感覚を同時に味わう不快感。きっと、今の私の顔はものすごく紫色をしていることだろう。
《大丈夫です、ご主人様》
「大丈夫なわけないでしょぉぉッ!?」
私はほとんど悲鳴に近い声で、アリスに抗議する。
逮捕、退学、顔も見飽きたはずの親から想像もできない貌――いろいろなものが脳裏をよぎる。どうして、こんな状況で社会的な死を免れるだろうか。
だけど、私がその場でぎゃうぎゃうと喚くこと数十秒、おかしな状況に気付いた。
「……みんな見てる、んだよ、ね…………?」
私とアリスを遠巻きに見眺める人たち。その誰もが、こちらに干渉してこないのだ。
確かに見ている、認識している、色の伴った好奇の表情を向けてくる。だけど、それだけだ。私たちに、『何だお前はこんな女の子にひどいことをして赦さないぞ』とか『もう大丈夫だよお嬢ちゃん。こんな変態女に捕まって怖かったね』とか話し掛けてくることもなければ、近づいてくることすらない。
そうだ、すぐそこに交番があるじゃないか。だけど、お巡りさんが走ってきて私を捕まえるなんてこともなかった。
《誰も、ご主人様とアリスを邪魔することはありません》
「そ、そんなこと言ってもぉ……」
そういうものだと言われてしまったら、私の常識ではもう何も反論できない。
ファンタジー、ホラー――アリスが一体何者なのかは相変わらず分からないけれど、私は少し、その言葉をバカにできなくなった。
……むこうのもの、か。
《行きましょう、ご主人様。それと、ご覧の通り、アリスは目が見えません》
「え、ええええ……」
目の見えないアリスに代わって、私が前を歩く。鎖をちょん、ちょんと引っ張って、アリスに『こっちだよ』と道を伝えてやる。まるで犬の散歩……いや、それよりも、もっとひどい何か。
駅前、大通り、商店街――アリスのペースに合わせて、ゆっくりと進んでいく。何十、何百もの人々が奇異の目でこちらを見つめる。見つめるだけ。何もしてこない。
何か、世の中の常識を書き換えられているかのような、強烈な違和感を覚える。
「そ、その、アリス。こういうこと聞くの何だけどさ」
あまりにも居心地が悪いから、私は話題を作ることにした。
「それ、キツくないの? ずっと、そういうことされてさ」
私だって、経験はないけれど、人並みの知識ぐらいはある。お胸やアソコをいじくられると、気持ちよくて、いつかイッてしまうらしい。
乳首とクリトリスには半透明のキャップ、アソコとお尻の穴には大きなバイブ――こんな機械にずっと苛められていたら、気持ちよさでおかしくなってしまうんじゃないか。現に、アリスは今も『ぉ゛ぉぉ♡』とか『ぅ゛ぅぅ♡』とか、くぐもった喘ぎ声を上げ続けている。
だけどそう尋ねてみたら、アリスは口元からうめき声を上げたまま、静かな声を右腕から伝えてきた。
《アリスは絶頂できません》
「そ、そうなの?」
《はい。そのときが来るまでは》
少し含みのある言い方だったけれど、その話題はその話題でひどく恥ずかしかったから、それ以上考えるのをやめた。
鎖を握った右腕から、アリスの声じゃない、何かが伝わってくる。羞恥心、快感、だけど最後の最後で一線を越えられない苦しみが入り交じった波。周囲の人々がざわりと声を上げるたびに、その波が少しだけ高くなる。
もしかして……。
「……アリス。もしかして、見られて気持ちいい?」
《…………》
答えはない。だけど、私が問い掛けた瞬間、快感の波がひときわ高くなった気がした。
――――
――
「ただいまー。もー、ひどい目に遭ったぁ……」
やっと家に帰ってきた。膝と肘を使ってしか歩けないアリスの歩幅に合わせてゆっくりと、その間、たくさんの通行人に奇異の目で見られながら。……はーーーー。
私は誰に言うでもなく声を出して、靴を脱ぐ。
「ええと、玄関上がれる?」
《はい、大丈夫です。お邪魔いたします》
アリスは地面を這ったまま、肘と膝を一生懸命使って、10cmぐらいある玄関を上がる。アソコからぽたぽた垂れる愛液が、床を濡らす。掃除しなきゃまずいよなあ――私は一度現実逃避して、視線を家の奥にやった。
「あー、今日も帰ってないかあ。私一人っ子なんだけど、最近親が仕事忙しいみたいでさ、全然帰ってこないんだ」
《…………》
「ほら、アリス。こっちが私の部屋」
《……はい》
それから、私とアリスの何とも言えない生活が始まった。
「あー、えっと、ここが私の部屋。『くつろいで』って言いたいんだけど、その格好でくつろげる?」
《はい、大丈夫です》
「お茶とか飲む?」
《いいえ、アリスは何も飲みませんし、何も食べません》
「ううむ」
《ご主人様、アリスのことはお気遣いなく。好きに過ごしてくださって構いません》
「そ、そう」
《ただし、アリスと一緒にいるときは、できるだけ鎖に触れておくようにしてください》
全身拘束されたまま犯され続ける女の子を家に転がしておくっていうのは、なかなか気まずいものがあるな――そう思いながら、私は本棚にあった1冊の絵本を開くのだった。
《その本は何ですか?》
「ずっとなくしたと思ってたんだけど、最近見つかってさ」
《……ご主人様、うれしそうです》
「そりゃ、好きな本だったからね。さすがに今はもう読む年齢じゃないけど、懐かしくてさ。あ、読み聞かせてあげよっか?」
《……ありがとうございます》
……だけど案外、この子と一緒にいるのは悪くないかもしれない。
二日目、特に何もなかった。
「それじゃあ、私、学校に行ってくるね」
《付いていかなくてよろしいのですか?》
「昨日みたいのはもー勘弁! ええと、留守番大丈夫だよね?」
《はい、大丈夫です》
「そう、それじゃあ、行ってくるね」
《……ご主人様》
「何?」
《寄り道せずに、帰ってきてくださいね》
「何だよ、やっぱり寂しいんじゃん」
《…………》
「あ、せっかくだから、これ着けてこっかな。ねえねえアリス、この髪留め、おかしくない?」
《いいえ、とても似合っています》
「そっか、良かったぁ。久々に着けるから、子供っぽくないかなって不安だったんだあ」
いつも通り学校に行って、授業を受けて、帰ってくる。すると、家にはいつも通り親がいなくて、代わりにアリスがいる。
《おかえりなさい。ご主人様》
「ただいま。……ふふっ」
《どうしましたか?》
「いや何だか。『おかえり』って言われるの久しぶりだなって」
《…………》
アリスに何か依頼すると言ったけれど、特に何かあるでもない。
もしかして、このままずっとアリスを家に置くことになるのかな。こんな格好の女の子をいつまでも家に置いておくというのもアレなのだけど。たまに、床に溜まったその、そういう液体を拭き取ってあげなくちゃいけないけれど。でも、アリスはいい子だ。何だか妹ができたみたいで、少しうれしいな。
そんなことを思いながら、その日の夜も、私は古い絵本を少しだけめくった。
その翌日。
「アリス、見て見てっ!」
私は家に帰って自分の部屋の扉を開けるなり、大声を出した。
《おかえりなさい。ご主人様》
「ただいま! それより、これ!」
鞄を床へ放り出して、手に持っていたものをアリスに見せる。
小さな白いうさぎぬいぐるみ。片手で持てるくらいの大きさで、毛並みはすっかりくたびれている。
《そのぬいぐるみは?》
「昔の私の! 見つかったの!」
思わず笑ってしまう。
「小さいころ、すっごく大事にしてたんだ。寝るときも一緒だったし、どこかに出かけるときも持っていったし。なのに、どこかでなくしちゃってさ、あの時はすっごい泣いたなあ」
私はぬいぐるみを両手で持ち上げる。あのときは両腕を目いっぱい広げて抱えていたけれど、私も大きくなったもんだ。
《……ご主人様》
「ん? なあに?」
《そのぬいぐるみ、どこで見つけたのですか?》
「えっと、駅の忘れ物センター! いつも素通りする場所なんだけど、いきなり『これ、あなたのじゃないですか?』って声掛けられたの! いやー、こんなこともあるんだねー」
私は笑っていた。本当にうれしかったから。その感情を、アリスと分かち合いたかったから。だけど、アリスはちっとも笑わなかった。
そして、言うんだ。いつもと同じ静かさで、だけど今までと明らかに違う、重い声で。
《ご主人様》
「ん?」
《そのぬいぐるみ、すぐに手放してください》
「……は?」
最初、何を言っているのか分からなかった。空っぽの胸が、アリスの言葉を理解すると共に、じく、じくと、焦げ付くようないら立ちで満たされていく。
「何言ってるの?」
自分でも、びっくりするぐらい低い声が出た。
《ご主人様は、それを持つべきではありません》
「何? 幼稚な趣味だって、バカにしてる?」
《違います》
私は今、人を殺せそうなぐらい、低く鋭い声をしていると思う。それなのに、四肢を拘束されて満足に動けないはずのアリスは、ちっとも怯むことなく、静かな声を私の右腕に響かせていく。
《そのぬいぐるみは、駅の忘れ物センターで渡された》
「だから?」
《それでは、一昨日読み聞かせてくださった絵本は、どこで見つけましたか?》
アリスの視線が、本棚に向く。
「……駅前の交番。落とし物で届いてたって」
《その髪留めは?》
「図書館。カウンターの人が、私のじゃないかって」
《キーホルダーは?》
「デパートの案内所」
《鉛筆削りは?》
「学校の事務室……」
答えるたびに、胸の奥がじくじくする。
何だろう。まるで尋問でもされているみたいだ。
《何年も前に失くしたものが、今になって、どこかから次々と届けられている。……偶然にしては、おかしいと思いませんか?》
追い詰められた人間というのは、声を荒げるか、暴力を振るうかしかできなくなるらしい。もしもその両方を行う人がいたとしたら……それは最悪だ。
私は反射的に、アリスの鎖を強く引っ張った。
「だって私のじゃんッ!!」
首を引っ張られて、アリスが咳込む。それでも、私は力を緩めることができなかった。
「なくして、ずっと見つからなくて、それが戻ってきたんだよ!? 何が悪いの!?」
ああ、ムカつく、ムカつく、ムカつく!
何なの、さっきから。自分だけ何か分かってるみたいな顔をして。
私はそもそも、この子を助けてあげるために、ここに連れてきてあげたんだ。それなのに、私の大事なものを指さして、これは変だ、あれも変だと! 一体何様のつもり!?
頭の中で、言葉が反響する。
――困ったことがあったら、《うさぎ穴》を探してごらん。
《……ご主人様。ずっと、おかしいと思っていたことがあります。一つ、聞かせてください》
アリスは口枷の奥で咳込みながら、だけど決して途切れることなく、私の右腕を静かに震わせる。
それは今までと同じくらい静かで……だけど、今までで1番重い声だった。
《……ご主人様のお名前は、何というのですか?》
「今そんなの関係ないじゃんッ!!」
思わず叫んだ。
「バカにしてるのッ!? 今、私の名前、なん、て――」
言葉が、止まった。
頭をぎゅうぎゅうに膨らませていたたくさんの熱い血液が、全てどこかへと蒸発してしまったような心地だった。耳の奥で鳴る自分の鼓動だけが、嫌になるぐらい大きく響く。
「……私の、名前……?」
名前。私の名前。
そんなもの、考えるまでもない。毎日呼ばれている。学校で。家で。親から。友達から。先生から。何千回も、何万回も。書いた。言った。見た。聞いた。ノートの表紙。答案用紙。教科書。書類。鞄。学生証。財布。スマホ。ずっと。ずっとずっと。ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと。私のそばにあったはずなのに。
「…………」
ない。
頭のどこを探しても。ひとかけらも。私の名前。私は。私? 私は? 私、私私私私私私、私私私私私私私私私私。私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私? 私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私?
《ご主人様はもう、名前を奪われています》
「はは、そんな、の……」
それ以上の言葉は出てこない。そして、アリスの言葉は止まらない。
《……ご主人様。最近、ご両親が家にいないと仰っていましたね。お仕事で忙しいと》
返す気力もない。そして、アリスの言葉は止まらない。
《今日、ご両親は家にいますよ》
「……え」
《今日だけではありません。昨日も、一昨日も、アリスをこの家へ招いてくださったときから、ずっといます》
遠くから、音が聞こえてくる。まるで、分厚いフィルムの向こうから聞こえてくるように。まるで、むこうがわの世界から聞こえてくるように。扉の開く音、フライパンが油を弾く音、テレビで芸能人たちがしゃべる音――そして、両親の笑い声。
ずっと腕に抱えていたぬいぐるみが、ぽとりと落ちた。
説明されるまでもない。ただ何となく、自分のことを悟ったから。
「……私、もういないの?」
声が震える。ぽた、ぽた、ぽた――涙が床に落ちる静かな音が、驚くぐらい響く。
だけど、声が聞こえた。
《ご主人様》
アリスの声。その声は相変わらず静か。だけど温かい。
《アリスには、ご主人様が見えています》
「…………」
《声も聞こえています》
「…………」
《帰りましょう。ご主人様が、なくしものになるまえに》
「……うん」
私は、手に持っていた鎖をぎゅっと握った。
溺れる者は藁をも掴む――そんなことわざがあったっけ。だけのアリスとつながるその鎖は、藁なんかよりもずっとずっと、頼もしく思えた。
それから、私は今まで見つけてきたなくしものを全部全部持って、外に飛び出した。
学校、デパート、図書館、交番――今まで渡されたものを窓口に返していく。アリスが言ったんだ、『むこうのものから受け取ったものは、返さなければならない』って。
「これ、私のじゃなかったみたいです。ごめんなさい」
鉛筆削り、キーホルダー、髪留め、絵本。なくして、だけど一度は戻ってきたものが、また一つずつ消えていく。
最後に、駅の窓口で白いうさぎのぬいぐるみを差し出した。
「これ、私のじゃなかったみたいです。ごめんなさい」
「……おや、そうかい」
男の人のような、女の人のような、若い人のような、年老いた人のような――何だかよく分からないあやふやな駅員さんが、最後に笑った。
「――よかったね、お嬢ちゃん」
それで、全部全部戻ったんだ。
――――
――
「ただいまー!」
「おかえり、陽葵――って、バタバタ家に上がるんじゃないよ! はしたない!」
「わあごめんってお母さん! 今、ちょっと忙しいの! またすぐに出掛けるからあ!」
「カバンはちゃんと部屋に持っていきなさいっての! 夕飯までに帰るんだよ、ひまり!」
「はあい! 行ってきまーす!」
私は走る。
見慣れたはずの風景に、少しずつ混じり込む異物。学校帰りの通りに、1本だけ増えた道。最寄りの駅前に鎮座する、見覚えのない電話ボックス。見慣れた商店街のパンを売る電気屋さん。いつまでも黄色の信号機。うさぎなんていなくても、どこへ行けばいいのか分かる。角を曲がる。また曲がる。もう一度、曲がる。
すると、そこにあるのは朽ちた絵本のようなボロボロの建物。
「アリス! やっぱり、こっちに帰ってたんだね!」
《ご主人様。依頼を終えたら、アリスは戻らなければならないので》
中には、アリスがいた。
脚の折れた椅子。動かない懐中時計。欠けたティーポット。いろいろなものが散乱する部屋の奥、錆びた鉄の檻から少し離れたところで、アリスは相変わらず犬のような姿勢で全身を拘束されている。
「ちゃんと戻ったよ」
《はい》
「反応薄いなあ。……ありがとね」
《……はい》
二つ目の『はい』だけ、何かとても温かいものを感じた。
「じゃあ、これでお別れ?」
《…………》
依頼は終わった。むこうのものに脅かされていた私は平穏な日常に戻ることができた。いろいろなものとのつながりが絶たれていた私だからこそ、何となく感じ入るものがある。アリスとのつながりは、長くは続かない。依頼が終わればおしまい。それは何だか、少し寂しく感じる。そりゃ、アリスにとってはただのお仕事でしかないかもしれないけどさ。もう少し、寂しそうにしてくれればいいのに。
……だけど、空気が変わった。
《いいえ、ご主人様》
怖くはない。だけど、圧力鍋の中でぎゅうぎゅうに押しつぶされた熱そのもののようなまなざしが、私の全身にまとわり付く。
アリスがお別れを否定したことに、私は何の疑問も持たなかった。まるで、最初からそれが決められた手続きであるかのように*どうして?*
《最後、アリスに、依頼のご褒美をください》
アリスがそう答えた瞬間、私はふとポケットの中に手を伸ばし*これは何?*。
手のひらが掴んだのは、小さなボタン。たったボタンが一つしかない、テレビのリモコンのような。私はアリスを見下ろしたまま、親指でそのボタンを押し*私は一体いつから、こんなボタンを持っていたんだろう?*
『――ふぐぉ゛ぅぉぉおおッ♡♡♡』
その瞬間、アリスが拘束された姿勢のまま、背筋を大きくのけ反らせた。四六時中ずっと上げ続けていた苦しそうなうめき声とは違う。明らかなあえぎ声。
簡単なことだ。このボタンを押せば、アリスを犯している機械の動きが変わる。今までずっと寸止めされ続けていたアリスが、ようやく絶頂を迎えることができ*どうして私は、こんなことを知っているんだろう?*
「ねぇ、アリス。気持ちいい?」
『ぅ゛ぅうッ♡ ぉ゛ッ♡ ぅ゛ぅぅぅぅぅううッ♡』
私は鎖を手首に掛けたまま、両手でアリスの頬をつかんで、私のほうを向かせ*乱暴な手付き*
アリスは目隠しをされているから、私の表情なんて分からないはず。それでも、私が舌なめずりするような視線を向けていることが分かるのか、鎖から羞恥心と悦びが伝わって*私は今どうして、こんな貌をしているの?*
《はい――♡ 気持ちいい、です――♡ ご主人様――♡》
今まで鎖から伝わってきたアリスの声は、あんなに静かだったのに。今のアリスの声は、まるで胸に空気をぎゅうぎゅうに溜め込んだかのように詰まっていて、そして震えていた。
「ねえ、どれが気持ちいいの? 教えて?」
私は、アリスの体の敏感な部位を絶え間なく責め続けている道具を観た。
「おっぱいに付いたキャップ、ただ乳首をちゅーちゅー吸ってるだけかと思ったんだけど。中で変な棒が動いてるんだね。綿棒みたいなのが何本も、乳首をむに、むにって押しつぶしてる」
『ふぁ゛っ♡ ぁむぐぅぅぅぅうっ♡♡♡ ぅ゛ぅ、ぅぅぅうっ♡♡♡』
《それだけでは、ありません――♡ この刺激棒は、振動していて、アリスの乳首を四方八方から、責めて――♡》
「クリトリスのは、うわぁ……♡ もしかしてキャップの中、ブラシ? 柔らかい歯ブラシみたいなのが、クリトリスをじゅるじゅる、じゅるじゅるって」
『むぐっぅ゛ぅううううううっ♡♡♡ ぅ゛ぅぅぅぅぅぅうっ♡♡♡』
《このブラシは、柔らかさが絶妙なんです――♡ 全然痛くなくて、全部全部気持ちよくて――♡》
「アソコに挿ってるバイブ、すっごく大っきい。それに、めちゃくちゃ動いてる。振動して、回って、前後にも動いて……? ねえ、こんなに好き勝手に動かれて、アリスのアソコのナカ、おかしくなってない?」
『むぉ゛ぉぉぉおおおおおっ♡♡♡ ぉごっ、ぉむ゛ぉぉぉおっ♡♡♡』
《おかしい、です――♡ おかしくなって、ます――♡ Gスポットも、ポルチオも、気持ちよさで、おかし――♡》
「お尻に挿ってるのも大っきい……。ねえ、もしかしてアリスって、お尻でも気持ちよくなっちゃうの? だって、お尻だよ? バイブに、すぽすぽぐちゅぐちゅされて……♡」
『むぐぉ゛ぉぉぉおおおっ♡ ぉ゛ぉぉぉぉおおおおおっ♡』
《気持ちいいです――♡ 気持ちいい、です――♡ 腸内がずっと刺激されて――♡ 身じろぎするだけでも、こすれて――♡》
「口……♡ もしかして、口の中にも何か挿ってる? え、口だよ? 気持ちいいの? ねえ、アリスぅ……♡」
『ふむぐっ、ぅ゛ぅうっ♡ ぅぐっ、ぉ゛ぉぉぉおおおっ♡』
《口の中には、おちんちんの張り型が――♡ 喉の奥が刺激されて、苦しいけど、気持ちい――♡》
アリスを責める一つ一つの機械を観るたびに、その全てが、彼女にとんでもない気持ちよさを与えていることが分かった。アリスを気持ちよくしてくれている機械――そう考えると、何だか無性に愛おし*どうして私は、アリスをいじめたいと思ってるの?*
そして、そんな機械にいっぺんに責められていたら、耐えることなんてできっこない。
『むぐぉっ、ぉ゛ぉぉぉおお――♡♡♡ ッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡ っ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡』
《っ――――♡ ッ――――――♡》
絶頂。機械でぱんぱんに満たされたアソコから、ねっとりとした液体がどろどろと零れる。
口を塞がれているのに精いっぱい声を上げて。心の中でさえ言語をなくして。その姿を見ていると、聞いていると、感じていると、胸の中を満たす寒気だった熱が止まらなくなる。
『むぐ――♡♡♡ ぉ゛――♡♡♡ ぉ゛ぉぉぉ――♡♡♡』
私がアリスの両頬をつかむ手を緩めていたから、アリスが絶頂の衝撃でうなだれる。
許さない*どうして?*――私は右腕に引っかけていた鎖をつかんで、上に引っ張*ひどい*
『ぅぐぉ゛おッ♡♡♡ ぉごっ、ぉ゛――♡♡♡』
「よそ見しないで。ちゃんと、私に顔見せて」
『むぐ、ぉ、ぉ゛ぉぉ……♡♡♡』
《はい、ご主人様――♡》
首を引っ張られて、頭を無理やり上に向かせられて、アリスが苦しそうなうめき声を上げ*ぞくぞく*
……それなのに、どうして鎖からは悦びが伝わってくるんだろ*ぞくぞく*
「ねえアリス」
私はアリスに声を掛ける。明るく、優しく、白々しく。
まるで天啓とばかりに閃いたそれは、本来は狂気の沙汰と言うべきかもしれない。
「お散歩に行こっか」
『ぉ゛――♡♡♡』
《……え――?》
今までずっと思考を止めなかったアリスが、初めて思考を止めた。その『何を言っているのか分からない』という声と表情が、今の私にはひどく愉快なものに見え*ぞくぞくぞくぞく*
「ほら、行くよ」
『むぐぉ――♡♡♡』
私は鎖を引いて、アリスを無理やり外に連れ出す。
《待ってくださっ、ご主人様――♡ それは、それは――♡》
鎖を強く握った右腕から、アリスの感情が伝わってくる。
視界を埋め尽くさんばかりの焦り、羞恥、恐怖、絶望。その奥に確かにくすぶる快感。暗がりだった視界が白に切り替わった瞬間、その快感は一気に爆発した。
穴を出ると、そこは日常だった*こんなのが日常であってたまるか*
駅前の大通り。道の数は記憶どおり、最寄りの駅前に電話ボックスなんてない。パンを売る電気屋さんなんて存在しないし、信号はちゃんと青にも赤にも変わる。
どよどよ、どよどよ。
大勢の人々の視線が、一斉にアリスの痴態に集まった。『え、何あれ!?』『うそ、ドッキリとかじゃなくて?』『うわぁ、すごい……』――さまざまな困惑の言葉が聞こえる。
『むぐぉぉぉおッ♡♡♡♡ ぉ゛ぉぉぉおおおおッ♡♡♡♡』
《ご主人様、やめてください――っ♡ お願いです、アリス、帰りたいです――っ♡》
足元で、アリスが必死に声を上げる。依頼したときは、あんなに『平気です』みたいな態度を取っていたのに。どうやら、アリスにとって自分がイカされてるのを見られるというのは、恥ずかしさが違うらしい。
だけど私は、後ずさろうとするアリスを無視して、鎖を前に引っ張った。
「でもさ、アリス。『誰も、ご主人様とアリスを邪魔することはありません』だったっけ?」
アリスの言うことは本当だ。駅前の大通り、たくさんの人々が行き交う中で、私たちはこんなことをしていても誰からも干渉されない。
ただ、みんなが足を止め、奇異と熱の混じった目で見つめ、たまに時間に追われた人がハッとした表情をしてから物惜しげに去っていく。
『むぐぅぅぅうっ♡♡♡♡ ぅうッ♡♡♡♡ ぅ゛ぅぅぅぅう♡♡♡♡』
《でも――っ♡ でも――っ♡》
アリスの抗議は止まらない。それでも、私はその声を聞く気はない。
だって、もっと大事な本音があったから――私はアリスの前でしゃがみ込んで、両頬をつかんだ。
「私、分かるんだよ。アリス、見られて興奮してるんでしょ?」
『むぐぉ――♡♡♡♡』
《ッ――♡》
羞恥心と快感の入り交じった波が、どくんと高まった。
「ほら、アリス、こっち向いて。お尻をみんなに向けるの」
私は鎖を引っ張って、アリスの向きを無理やり変えさせる。通りのほうにお尻を向けさせて、ぐちゅぐちゅ、ずちゅずちゅと鳴り続けるアソコとお尻を、通行人たちに見せるんだ。
『ふむぐっ、ぅ゛ぅぅぅうう――♡♡♡♡ ッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡ ッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡』
《あ、みんな、見――♡ ッ――♡ ッ――――♡》
絶頂。衆目に晒したお尻が、かくんかくんと上下に揺れた。
「ははっ♡」
私は思わず笑ってしまった。
だって、アリスがとてもかわいいから。みんなに見られて気持ちよくなっているアリスが愛おしいから*私、アリスにこんな感情を抱いてなんて*
もっともっと、アリスを気持ちよくしてあげたい。
「ねえ、アリスって、ひどいことされるのが気持ちいいんだよね? 分かるよ、だって聞こえてるもん。じゃあさ、そこに寝転がってよ。肘と膝で立ってるの、つらいでしょ?」
『ふぐっぅ゛ぁぁあッ♡♡♡♡ ぁぐぉ、ぉ――♡♡♡♡』
《どうして、仰向けに――♡ ご主人様っ、これじゃあ、アリス、動けな――♡》
「そうそう、仰向け、上手上手。……何だか、犬が服従のポーズ取ってるみたい♡ それで、アリスのアソコとお尻、踏んであげるっ♡」
『――ぉ゛ごぉぉぉぉぉおおおおッ♡♡♡♡♡ ぉ゛おッ♡♡♡♡♡ ぉ゛ぉぉぉおおお~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ♡♡♡♡♡ ッ゛~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡♡』
《ご主人様、ダメ――っ♡ 膣も、お尻も、機械が奥に入って――っ♡ ッ――――♡》
「ふふふふ……♡ すごい、アリス、あっという間にイッちゃったぁ♡」
『ぉぐぅぉぉぉおッ♡♡♡♡♡ ぉあ゛、ぁ゛――♡♡♡♡♡ ぁ゛ぁぁあ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡♡ ぉ゛ぉぉぉぁぁああ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡♡』
《足、ぐりぐりされて――♡ 機械、アリスのナカ、メチャクチャに――♡ ッ――――♡ ッ――――♡》
かわいいかわいいアリス*かわいい、かわいい*。
まだ足りない。もっと、もっと*たくさん、たくさんイカせてあげる*。
『ぁ゛ぅぁぁぁぁぁぁあああッ♡♡♡♡♡ ぁ゛ぁぁぁあ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡♡ ぉぐっ、ぉ゛――♡♡♡♡♡ ぉ゛ぉぉぉぁあああああ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡♡』
《ご主人様っ、もう――っ♡ アリスは、十分に絶頂して――っ♡ ッ――――――――♡》
「この機械、絶対に外れないのかな? それじゃあさ、機械の上から、アリスのクリトリス踏んづけても、大丈夫だよね……っ♡」
『ぉ゛ぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁあッ♡♡♡♡♡ ぁ゛ぁぁぁあ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡♡ ぉ゛ごっおっおっおっお゛ぉぉぉおッ♡♡♡♡♡ ぉ゛ぉぉぉおお~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡♡』
《クリトリス、潰れ――っ♡ 潰されながら、ブラシで磨かれ――っ♡ ッ――――――――♡ ッ――――――――♡》
「うふふふ、アリス……♡ アリスぅ……♡」
『ぁ゛ぁぁぁぁあああ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡♡ ぉごっ、ぉ゛ぉぉおおお~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡♡ ッ゛~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡♡』
《だめ、です――っ♡ 気持ちいい――っ♡ ッ――――――――♡ もう――ッ♡ ッ――――――――♡ もっと――ッ♡ ッ――――――――♡》
アリスはただ鳴き続ける。
その快感が、私にはもう、快なのか不快なのかも分からない。心の中に《もっとイカせてください》と《もうイカせないでください》が同居する。
それでも、私はアリスをイカせ続けた。だって、アリスがとてもとても、とても愛おしかったから。
どれぐらい時間がたっただろう?
ものすごく長い夢を見たと思ったら、ほんの数十分しか眠っていなかった――お昼寝をしたときたまにある、そんな不思議な感覚。私は三日三晩ずっとアリスをイカせて続けてあげていたような気がするけれど、空を見上げればまだ夕暮れ。周囲の好奇と色の視線も、ちっとも変わっていない。ずっとずっと、この時が続くんじゃないかと思うぐらい。
だけど、本当に無限の時間なんてあり得ない。
『ぉ゛ぉぉお……♡♡♡♡♡ ぉ゛ごぉぉぉお~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~……♡♡♡♡♡ ぉ゛――……♡♡♡♡♡ ぉぁ゛ぉぉ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~……♡♡♡♡♡』
《ッ――♡ ッ――――♡》
ずっとずっとイカされ続けて、アリスが限界だった。肘と膝で立つことはもうできず、横たわったまま機械の動きに身を震わせ続ける。反応は小さく、口から漏れる声どころか、鎖から伝わる声すらうつろ。
不思議と、私も頭がぼうっとする。高熱を出したときみたい。
「……そろそろ、戻ろうか」
《……はい…………》
私がそう言うと、アリスはよろりと立ち上がる。どこに一体そんな体力を残していたんだろう――そんなことを思いながら、私たちは駅前の大通りから姿を消す。後ろは振り向かない。だけどきっと、私たちが姿を消した瞬間、あそこはまた何の変哲もない日常に戻ったはずだ。そんな気がする。
私も、アリスも、ふら、ふらとした足取りで歩く。途中、どんな道をたどったか覚えていないけれど、戻るのはすぐだった。もしかしたら、後ろに数歩歩いただけかもしれない。
うさぎ穴――朽ちた絵本のようなボロ小屋。散乱する、脚の折れた椅子、動かない懐中時計、欠けたティーポット。最奥に鎮座する鉄の檻。……本当の別れ。
『ぉ゛ぉぉ……♡♡♡♡♡ ぉ゛~~~~~~~~~~~~~~~~……♡♡♡♡♡ ぉ゛ぉぉ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~……♡♡♡♡♡』
《ッ――♡ ッ――♡ ッ――♡》
アリスは動き続ける機械に犯され、イキ続ける。
ずっとずっとイッている姿を見てきたせいか、何となく分かった。これから、大きな大きな波がくる。今までで1番大きく、長い波が。
だから、私はアリスのそばで横たわる。そして、アリスを抱き潰してしまうぐらいに、強く、強く抱き締めた。
「アリス、大好き――♡」
『ふぐぁ――ッ♡♡♡♡♡』
もしも私が鎖を握っていなくても、アリスの感情、快感なんて手に取るように分かっただろう。
『ッ゛ッッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡♡ ぉ゛――ッ♡♡♡♡♡♡ ぉ゛ぉぉおおッ♡♡♡♡♡ ッ゛~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡♡ ぁ゛うぁぁああ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡♡』
《ッッ――――――♡ ッ゛ッ――――――♡ ッ゛ッッ――――――――――――♡》
もしも私がこうしてアリスの体を押さえ付けていなければ、ばらばらに破裂してしまうんじゃないか? ――そんなことを思ってしまうぐらい、強く、長い絶頂だった。がたがたと床を打つ肘と膝が痛くないか心配だったから、私はアリスを無理やり横に寝かせて、正面から抱き留めた。
ぶし、ぶし、ぶし。アソコから潮が吹き出し続ける。私の全身に、アリスの体の痙攣、胸の鼓動ような何か、犯す機械の蠢き、全部全部が伝わってくる。その触感覚は、少しくすぐったくて、すごく愛おしくて、不思議と私の下腹部をきゅうきゅうと疼かせた。
私は思わず、アリスの顔をのぞき見た。つらくない? ――目隠しと口枷をされたアリスの表情は、多くの部分が隠されている。だけど、その紅潮を確認して、何だかすごく幸せそうで。私はアリスを抱き締める力を強くした。
『ぁ゛、ぉ゛ぉぉお~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~……♡♡♡♡♡ ぉごっ、ぉ゛ぉぉおおお~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡♡ ぉ゛~~~~~~~~……♡♡♡♡♡ ぉぉ゛……♡♡♡♡♡ ぉぉぉぉ゛…………♡♡♡♡♡』
《ッ゛ッッ――――――――――――♡ ッ゛ッ――――♡ ッ――――……♡》
やがて、アリスの絶頂は少しずつ引いていく。
おしまい。それでも、アリスを犯す機械は止まらない。最初に出会ったときと同じ、またわずかな音を響かせ続けた。
私は、アリスを抱き締め横たわったまま、目を瞑った。どうしてこんなに眠いんだろう。
《ありがとうございます、ご主人様》
「あり、す……」
目の前で、よろよろと影が動いた。
《これで、本当に本当にお別れです》
影が立ち上がる。
ずる、ずる、ずる。抱き締める腕がほどける。影が檻の中へと入っていく。
待って、せめて、もう少しだけ一緒に――だけど声が出ない。
手に握った鎖が、かちゃり、かちゃりと手元からすべっていく。
意識が沈んでいく。深く、深く、深く。
《ご主人様は、優しいご主人様でした。……絵本の読み聞かせ、楽しかったです》
そこで――かちゃり――鎖は完全に、私の手から離れるのだった。
――がちゃん。
――――
――
それから――。
「……?」
朝、いつもの道を歩く。いつもの駅前。いつもの商店街。私は首をかしげる。
ここで誰か。誰かに会った気がする。白い髪。黒い何か。小さな女の子。
「……誰だっけ」
思い出そうとする。でも、水を手ですくっても指の隙間から滑り落ちてしまうかのように、顔も、声も、名前も、捕らえることができない。
私が頭を抱えていると、ふと目の前を、何か白いものが横切ったような気がした。
「……うさぎ?」
私は目を凝らすけれど、そこには何もいない。その時、まるで水底の泡がぷかりと浮かび上がるように、頭の中に言葉が出てきた。
――困ったことがあったら。
「……何だっけ?」
何か言葉が続いたような気がするのだけど、やっぱりちっとも思い出せない。
「最近、ちょっと物忘れが激しくなったかなあ。いやいやいや、そんな年じゃないから! ……まぁいっか」
私は歩き出す。
思い出せないってことは、きっと大したことではないんだろう。
――そうやって、その記憶を頭の中から完全に切り捨てた瞬間、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、胸がちくりと痛むような気がしたのだった。
なくしもの
なくしたものは 帰らない
遠い昨日で 眠るもの
それでも 今日へ帰るなら
その手を取るまえ 問いなさい
其はほんとうに 今のあなたのものなのか
ひとつ拾えば ひとつ消え
ひとつ抱けば ひとつ解け
名前を照らす灯が消える
記憶を結ぶ緒が切れる
人へと続く戸が閉じる
昨日の影に手を引かれ 帰りの道をなくすまえ
その手を離して帰りなさい
あなたが なくしものになるまえに――





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