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目次
表紙(簡単なご案内など)
第1節 わるい神さまの創る世界
第2節 神さまに犯される神殺し
第3節 神さまとポンコツ盗賊娘
第4節 神さまが楽しく犯す基準
第5節 神さまと滅びる定めの種
第6節 教会と神殺しと神さまの怒り
第7節 貴女は悪い神さまですか?
最終節 悪い神さまの創る世界
付録1 渡り鳥の気ままな旅模様
付録2 幼き神殺しと小瓶の部屋
おまけイラスト 《擽園》
付録2 幼き神殺しと小瓶の部屋
聖典によると、死後の世界には2種類があると聞く。
敬虔なる信徒は天国へ。然もなくば、悪しき背教者は地獄へ。
私は幼少より修道女として育てられてきた。毎日お祈りをして、勉強もして、聖典を諳んじられるようにもなった。私は自分自身のことを、それなりに真面目な修道女だと思っていた。
だけど、どうしてだろう。私の生は地獄のようだった。
空の教国、潮騒の町。そこに一つだけ存在する教会堂が私の檻だった。
この国において、教会堂の管理者は自分の部屋を持っていることが当たり前だった。私はそこを『小瓶の部屋』と呼んでいた。名前の由来は難しくない、棚に無数の小瓶が並んでいたからだ。
そして私は今日も、小瓶の中の液体を全身に塗り込まれ笑い狂っていた。
「おろしでぇえぇぇぇっへへへへへへへへへへ!!? や゛めっ!!? あ゛ぁぁーーーーっ!!? 塗らにゃいでぇぇぇぇぇひゃっはっはっはっはははははははははははははははははははぁぁぁ!!!」
私は何本もの縄を使って宙吊りにされていた。二の腕、手首、あばら下、腰、膝、足首――体のさまざまな部位を、私の身体が自重で折れてしまわないように縄で支える。その高さは男が直立した時、ちょうど腰元に当たるぐらい。両手両脚を上空に掲げた間抜けな姿勢は、丸焼きにされている豚のようだ。
そして、手足を使って守ることのできない全身を、余すことなくくすぐられる。私を取り囲むのは、1人の男と、4人の女。50本もの指が、私の身体を這い回った。
「くすぐっだぃぃぃぃぃぃぃ!!! ぐすぐったびぃゃあぁぁぁぁっはっはっははははははははははははははははははははぁ!!? あ゛ぁぁぁっはっはっははははははははははははははははははははっ!!!」
小瓶の液体が幾倍かに希釈されて、私の身体にぶちまけられ続ける。今日はもう、何本の小瓶を消費しただろうか。
塗り込まれる液体は、日によって違っていた。例えば、何度絶頂しても収まらない程のうずきを引き起こすもの。例えば、全身をかきむしりたくなる程の痒みを引き起こすもの。例えば、粘液の中で無数の小さな触手がのたうち回っているもの。
今日塗り込まれている液体は、その中で最も単純で残酷だった。ただひたすらに、神経が鋭敏化して身体がくすぐったくなるものだ。指が肌の上をすべる度に、身体が嫌でも跳ねて、口から断末魔のような笑い声が溢れた。
「アレリナよ、何度も言っているだろう? これは、お前が良き信徒になるための大切な儀式なのだよ」
たった一人の男が、泥に沈められた肉塊のような表情で笑う。司祭デグロ・エルバーエンス、私の養父に当たる存在だ。デグロと私に、血のつながりはない、あるはずがない。ただ、お気に入りの女を独占したいという理由で、養子に迎えられただけだった。
普段は聖職者らしく峻烈たる態度を気取っているが、こうしている時のデグロは本性が剥き出しになる。本来この男は、金と女にしか興味がなかった。
「お前たちも、分からせてやりなさい」
「びゃーーーーっはっはっははははははははははははははははは!!!? やだっ!!? 強くしない゛でぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!! ぇぎゃぁぁぁっはっははははははははははははは、ぁがぁぁっはっはははははははははははははははははははぁぁぁぁあっ!!!?」
デグロが他の女たちに命令する。すると私をくすぐる指の動きに熱がこもる。
4人の女たちは、全員が美しい修道女だった。もっとも、彼女たちは既に小瓶の中の液体漬けにされて堕ちてしまっている。今の彼女たちは、もはやただの獣だ。
「どうしてそんなに嫌がるのぉ? くすぐられるのってすごく気持ち良いでしょう……?」
「デグロ様の言う通り。これは神さまが望んでいることなんですよ?」
「神の信徒になりたかったら、こちょこちょされて気持ち良くなれないと……」
「さぁ、貴女も気持ち良くなりましょう?」
この国でこうなる女性たちは、皆美しい。しかし、そんな彼女たちの堕ちた表情を見ると、いつも寒気立つ心地がした。悦びに満ちた表情は、『早くこっちにおいで』と言っているかのようだったからだ。泥から這い出た獣の腕が、私を引きずり込もうとしている。
何の因果か、私は目の前の女たちよりも堪え性があった。人としての尊厳を捨てて獣に成り果てるよりも、人のまま苦痛を抱くことを選択した。
故に、デグロは悦んで私を犯し続けた。強情な女が快楽に屈服する姿を見るのが、この男の至上の悦びだからだ。
「どうだ、つらいか? アレリナ。さぞつらいだろうな? 貴様はまだなのだからなあ?」
「やべでぇぇぇっへっへへへへへへへへへへへへぇぇぇぇぇぇええ!!!? やだっ、くすぐっだいのやだぁぁぁっはっはっははははははははははははぁ゛ぁぁぁぁぁぁああっ!!!!」
あぁ、この男は何て愉しそうな表情を浮かべるのだろう。
デグロは女を、性欲を満たすためだけに所有する。生かすために最低限の処置だけして、犯す時だけ呼び出す。食事は硬いパンと干し肉、湯浴みは犯される前だけ、寝床は納屋の床のように硬い。この4人の修道女たちは、全員がそうだ。
しかし、デグロの私に対する扱いは、他の女とは一線を画していた。
食事はこの男と同じ、上等なものを食べさせられる。ただし、この男の精液か、薬が入っている。湯浴みは香草を混ぜた高級な石けんを使わされる。ただし、この男に全身を隈なく洗われる。寝具は全てにおいて高級品だ。もっとも、この男と同じベッドなのだが。
性欲を超えた、歪んだ愛情を感じた。心も身体も未成熟な私だけど、確かな予感があった。いつか、この男は散々私を弄んだ後、子を孕ませるのだろう。
それは、最悪な結末。そう、終わりだ。
「ぁぐっ、ひ――!!!? ひーっ、ひーーーーっ!!!?」
「さて、そろそろ私も愉しませてもらうとしようか。――『汝、神の意志に抱かれよ』」
5人に全身をくすぐられて、息が絶え絶えになっている私を横目に、デグロが女たちに呪文を唱えた。
次の瞬間、4人の女たちは一斉に笑い出した。
「いやぁぁぁっはっはっはっはははははははははははははははっ!!!? くしゅぐったひぃぃっひっひゃっはっははははははははははははぁぁぁぁぁぁぁああっ♡♡♡♡」
「全身がっ♡♡♡♡ 全身がかりかりされてるみたいにくすぐったひですぅぅぅぁっはっはははははははははははははははははははひぃぃぃぃぃぃいっ♡♡♡♡」
「気持ちいいぃぃぃっひっひひひひひひひひひひひひひぃぃぃぃいっ♡♡♡♡ くすぐったいの気持ちいぃぃぃぃぃっひっひゃっはっははははははははははははははっ♡♡♡♡」
「しあわへっ♡♡♡♡ ぐすぐっだひの幸せですぅぅぅっふっひゃっはっはははははははははははははひゃ~~~~~~~~っ♡♡♡♡」
それは、教会の男たちが堕とした女に刻む祝福だった。決して指で触れられているわけでもないのに、彼女たちは今、全身をくすぐり犯されているかのような感覚に苛まれて笑っていたのだ。
私にはまだ、その呪いは刻まれてはいなかった。取り返しの付かないところまで堕とされ、抵抗力をそがれた女でなければ、刻むことができないからだ。
私には、それがどれだけくすぐったいのかは理解できない。だけど、ああ、なんて気持ちよさそうな表情なのだろう。くすぐったいのが気持ちいい――その感覚だけは、全身が鳥肌立つほどに共感できてしまっていた。
「さぁ、貴様ら、褒美をくれてやったぞ。止めてほしくなければ、分かるな?」
デグロの言葉と同時に、女たちは全身のくすぐったさに苛まれながら、再び私の全身をくすぐり始めるのだ。
「い゛やぁぁぁぁぁぁっはっはっははははははははははははははははぁ゛~~~~~~~~っ!!!!? やめでっ、くすぐっだいのさっぎより強いぃぃぃぃぃぃぁ゛っはっはっはははははははははははははははははははぁぁぁぁぁぁああ~~~~~~~~!!!!?」
「ぁっはははははははははははふぅぅぅぅっ♡♡♡♡ もう私っ、手加減できないのぉぉぁっはっははははははははははははははぁぁぁぁぁぁあっ♡♡♡♡」
「だって手加減したらっ、このくすぐっだいのなくなっひゃぁぁ~~~~っはっははははははははははははははははぁぁぁぁあっ♡♡♡♡」
「だからっ、だからぁぁぁっははははははははははははぁぁっ♡♡♡♡ ひきゃぁぁっはっはははははははははははひぃぃぃぃいっ♡♡♡♡」
「思いっ切り、くすぐってあげるね――♡♡♡♡ ぇひゃは――♡♡♡♡♡ ひゃぁぁぁあ~~~~~~~~~~~~~~~~っ♡♡♡♡」
「やだっ、やだっ、やだぁぁぁぁぁぁっはっははははははははははははははははははははははっ!!!!! ぁ゛~~~~っはっはっははははははははははははははははははははぁ゛ぁぁぁぁぁああ~~~~~~~~~っ!!!!?」
彼女たちは必死だ。全身を襲うくすぐったさを止めてほしくないから、気持ちよくなりたいから。私に対するくすぐり責めは、どんどん遠慮なく、ただただ激しいものになる。
彼女たちも本来、心根の優しい女性だったはずだ。だけど今では、私がどれだけ泣き叫んでも、己が欲望を満たすことを優先する。それほどまでに、彼女たちの理性は壊されていたのだ。
「ぁ゛はひ――!!!!? ひぐ――っ♡♡♡♡♡ ッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡♡ ぁははははははひぃぃっ!!!!? っぁ゛~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡♡」
私は全身をくすぐられるだけで何度も絶頂する。私の体はこの女たちと同じ、くすぐられてこの上ない悦びを感じられるように調教されていた。
秘所から止めどなく愛液がこぼれ、中に熱がこもり、きっと頃合いになったのだろう。デグロはとうとう立ち上がって、私の腰を両手でつかんだのだ。
「フーーっ!! フーーーーっ!!」
「い゛や――!!!? ぁひひひひひひひひひっ♡♡♡♡♡ やだっ、やめ゛――!!!!?」
私が拒絶できたのは一瞬だけ。デグロは私の言葉になんて耳を貸すこともなく、ただ己の欲望に任せて、私の膣に一物を乱暴に突っ込んだ。
「ッあ゛~~~~~~~~!!!!? やだっ、抜いで――!!!!? ぇぎっひひひひひひひひひひひひひひひぃぃぃぃいっ♡♡♡♡♡ 抜いてぇ゛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!!!!!」
もしかしたら、私が今日まで堕ちずにいられたのは、必ずデグロの一物が私のことを犯していたからかもしれない。
ぱんぱんぱんという腰を打ち付ける音が響くたびに、一度はバラ色に染まりかけた心の中に、真っ黒なインクが垂れてじわじわと広がっていく。どれだけ嫌悪が心を支配しようとも、犯され続けた体は快感を覚える。バラ色と黒色が混じった、気持ちの悪い灰色が私の心を乱す。
デグロは女の喜ばせ方を知らなくとも、悦ばせ方は十二分に心得ていた。
「ぁぐ――♡♡♡♡♡ ぁ゛ひ――!!!!? や゛っ、ぁ゛――♡♡♡♡♡」
「貴様は、聖水で清めるまでもなく、ここが弱かったなあ?」
「ぁ゛――」
デグロが太くぶよぶよとした指でつんと突いたのは、私の足の裏だった。足の指の付け根にデグロの爪先がほんの少し触れるだけで、ぞわぞわとしたくすぐったさがやってくる。
「おねがい、やめ――」
「今更、やめると思うか?」
拒絶できたのは、やはり一瞬だけ。
次の瞬間、私の心をさらにぐちゃぐちゃにするようなくすぐったさが、私の両足の裏を襲った。
「っっっあ゛ぁぁあーーーーっはっはっはははははははははははははははははぁ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああっ!!!!? ぁ゛ははははははははッ♡♡♡♡♡ や゛ぁぁぁあーーーーっはっはっははははははははははははははははははははははははぁ゛ぁぁぁあ~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡♡」
「っぐ……! やはり貴様は、こうするとよく締め付けてくるな……!」
「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁっはっはっはっはははははははははははははははははぁぁぁぁぁぁあ゛っ♡♡♡♡♡ あしくしゅぐらないで――♡♡♡♡♡ 中かき混ぜにゃいでぇぇぇぇぇぇぇっへへへへへへへひゃひ――♡♡♡♡♡ ひぎゃぁぁあ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡♡」
デグロの指に足の裏を引っかかれるたびに、自分の膣がきゅうきゅうと勝手に締まるのを感じる。
足の裏へのくすぐり責め――それは私にとって、耐えられるだとか、耐えられないだとかの話ではない。ただひたすらにくすぐったくて、ただひたすらに気持ちよくて、大きな絶頂が絶え間なくやってくる。
もう、自分がどんな姿で笑い悶えているのか、考えたくもないぐらいだ。
「フーーっ!! フーーーーっ!! フーーーーーーーーっ!!」
私にそういう趣味はないから、女をくすぐってどれだけ興奮できるものなのか分からない。しかしデグロはあっという間に、腰の動きを速めていく。それが嫌悪の最上を予兆していることは、今までの何十回、何百回、何千回の行いで知っていた。
だから私は抵抗する。
「ぁ゛ひっひひひひひひひひひひひっ♡♡♡♡♡ やだっ、やべで――♡♡♡♡♡ やだぁぁっはははははははははははぁ゛ぁぁああっ♡♡♡♡♡ ださないでぇぇぇぇぇぇひっひゃっはっはははははははははははははははぁ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああっ♡♡♡♡♡」
どろどろに蕩けた声と表情で。抵抗している……はずだ。
それが無駄であることも、もう散々、思い知らされていることだ。
「ッッッあ゛~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ♡♡♡♡♡ ひぎゃはッ♡♡♡♡♡ っひひひひひひ――♡♡♡♡♡ っぁ゛~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡♡ ッ゛ッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡♡」
デグロが射精する。どろどろの嫌悪感を混ぜ込んだ快感は、私に今日1番の絶頂反応を齎した。
人というのは、あまりに激しい絶頂を迎えると自然と舌を突き出してしまうものらしい。そのせいで表情はあまりにも間抜けだし、鼻と口から出る声はあまりにも無様だ。秘所から溢れる体液は、もはやお小水と量が変わらない。
「ッ゛~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡♡ ぃぎ、ひ――♡♡♡♡♡ ッ~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡♡♡ ッッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡♡ ッッッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡♡♡」
絶頂が長い。デグロの一物が、私の膣に突き刺さったまま。女たちは『もっと、もっと』と言わんばかりに、私の全身をくすぐり続けている。たった一瞬でお腹いっぱいになるはずの絶頂が、無限にも感じられる時間に引き延ばされていく。
私はこの行為をした後、いつも気絶していた。
私はどうして、こんな目に遭わなければいけないのだろう?
毎日お祈りをしている、勉強もして、聖典を諳んじられるようにもなった。敬虔なる信徒は天国へ。然もなくば、悪しき背教者は地獄へ。聖典に書かれた、2種類があるという死後の世界。どうして? 私の生は地獄のようだ。
まるでその疑問に応えるかのように、意識の隅でデグロの声が聞こえた。
「受け入れなさい。これは神が決めた運命なのだよ」
ずっと聞かされ続けた言葉が、私の認識を捻じ曲げた。私はこうして、ずっとずっと無様に笑い続けて、そしていつか死んでいくのだろう。
全てを諦めたその瞬間、彼女は空から落ちてくる音を聞いた。
――#■%eO!$■▲?――
遠くで落ちた声が大地を廻り、私の全身を通り過ぎていく。初めての感覚。だけど、ああ、そうか。これが《神託》か――私は直感で悟った。
ああ《神》よ。あなたは何をお考えなのですか? あなたの声は小さすぎる。
ああ《神》よ。あなたはどこにいるのですか? あなたの声は遠すぎる。
ああ《神》よ。私はその声を絶対に忘れません。蜘蛛の糸のようにか細いその声を辿って、いつかあなたの元に向かいます。
――その時は、絶対に殺してやる。
幼い頃から植え付けられた種が育ち、憎しみの花を咲かせていく。こころも、いしきも、全てがまっくろになっていく。
だけど全てがまっくろになる瞬間、まぶたの裏に黒髪の少女の姿が浮かんだ。
「貴女、は……?」
髪も、衣服も、全身があまりにも黒い少女は、まっくろの中にすぐに溶けてしまいそうで。
私は反射的に、無我夢中で手を伸ばした。どうして私はこんなにも必死に手を伸ばしているのだろう? 自分でも分からない。だけど、手を伸ばす。伸ばす。伸ばす。
そしたら少女は笑った。ひどく罪悪感に苦しんだ表情で、とても恥ずかしそうな表情で、どこかほっとした表情で。
――大丈夫。《僕》はずっと、ここにいるよ。
その声は相変わらず小さく、だけど近い。
そうだ、不安はない。彼の者が傍にいてくれるのなら、私はぬくもりの中、静かに眠ることができる。
手を伸ばす。伸ばす。伸ばす。
そして指先が彼の者に触れた瞬間、全ての景色が真っ白な光になって消えた。
――――
――
蒼の空、碧の大地、子供たちの笑い声。そよ風が乾いた頬をなでる。
そこは、私がいた檻とはまるで違う場所だった。
「夢……」
どうやら、私は寝ていたようだ。ここは町の広場か。
私の隣には、黒髪の少女が腰掛けていた。
そして思い出す。そうだ、もう終わったことだ。デグロは死んだ。檻はもうない。目の前にいる《悪い神さま》――アバターが全てを壊したのだから。
幼い横顔をぼうっと見つめていると、彼の者は私が起きたことに気付いた。
穏やかな声が私に落ちる。
「おはよう」
「……おはようございます」
静かで、冷たく、それでも優しい『おはよう』が心地よかった。
「そろそろ行こうか」
「……ええ」
私は立ち上がって、軽く伸びをした。こわばった身体に血が巡って解れていく。
「最近、居眠りが増えたように思います」
私が何気なく言った言葉によって、ずっと無表情だったアバターの表情が初めて崩れた。
「え、それは大丈夫?」
「は。大丈夫、とは?」
「僕は医者じゃないけど、たかが居眠りだと侮っちゃいけないって聞いたことがあるよ? 疲れやストレスが溜まってるかもしれないし、無呼吸症候群が原因になってることもあるっていうし、放っておくと……」
「……あははっ」
正直、彼の者が何を言っているのかは、さっぱり分からなかった。だけど、自分の心配をしていることだけは分かった。
それが何だかおかしかった。そして、うれしかった。
「大丈夫ですよ。悪い意味ではありませんから」
「はぁ……?」
「さぁ、行きましょう。『景色が見たいから歩いていこう』なんて言ったのは、アバターですからね」
どうしてだろう。今日見た夢は、もう2度と見ることはないだろうと思った。
「ところで、アレリナ。君の賞金額が、また高くなったみたいだ」
「そうなのですか?」
「君の名前も、とうとう明るみになったからね。今では東西の大陸を合わせて、文句なしの一位だよ。この《世界》の歴史全体でも、そう見られる額じゃないね」
「そうなのですか」
「さっきから『そうなのですか』って、随分無関心だね」
「今の私には関係ないことです。ああでも、『エルバーエンス』の部分を消してほしいとは、いつも思っています。私はもう、ただの『アレリナ』ですから」
「そんなものか。ああ、だけど一つ面白いことがあってね。ほら、ここの部分」
「アバター。どうして貴女が手配書なんかを持って……って、何です? これ」
「君の異名ってやつかな。今まで『逃亡者』とか『背教者』とか、いまいちぱっとしなかっただろう? それで、ここに来てこれさ」
「くすくす。そうですね、これは随分と皮肉が効いている」
私たちは歩いていく。
今もまだ、どこかの国では裏切りと謀略に満ちていて、どこかの国同士が戦争を続けていて、どこかの国は魔王に滅ぼされかけている。
ああ、なんてひどい《世界》だ。相変わらず、いや、前よりもっとひどくなった気すらする。
そんな《世界》を、私たちは歩いていく。混沌に満ちた《世界》を。うっかり居眠りすることが許される平和な時間の中を。
私たち――《悪い神さま》と《神殺し》は、歩いていくんだ。
目次
表紙(簡単なご案内など)
第1節 わるい神さまの創る世界
第2節 神さまに犯される神殺し
第3節 神さまとポンコツ盗賊娘
第4節 神さまが楽しく犯す基準
第5節 神さまと滅びる定めの種
第6節 教会と神殺しと神さまの怒り
第7節 貴女は悪い神さまですか?
最終節 悪い神さまの創る世界
付録1 渡り鳥の気ままな旅模様
付録2 幼き神殺しと小瓶の部屋
おまけイラスト 《擽園》